カテゴリ:真面目 |
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2012年 01月 28日
今の仕事のひとつのResponsibilityとして顧客満足を向上させるActivityがあるのだけれど、外部機関が考案した顧客満足度調査での評価指標で図ると我が社の成績はあまり芳しくない。これは、外資系企業にとって日系企業には敵わない一つの壁というか、特に品質やサービスレベルに関しては日本の消費者が満足するレベルには残念ながら達していない、という結果になっている。
これは、日本特有の現象で、同じ指標で図って世界の他地域の結果をみると日本以外は全てお客様は当社の品質、サービス、価格等々に“大満足”という結果になっている。実に評価指標で3倍以上の開きがある。 考えてみれば、普段の生活でも日本は製品に(実用上問題のない)微小の傷がついていても、消費者は親の敵のように苦情を言うし、販売企業も電話の向こうで土下座して謝っている如くの対応が当たり前だ。不良率(PPM)に対する品質管理部門の許容率もひとケタ違う。特に日本の自動車業界は部品会社も含め世界で一番品質管理指標が厳しいと言ってもいいと思う。 品質だけではない。電車に乗っていても当たり前のように到着時間が2分遅れており、大変申し訳ないとアナウンスしているし、乗客もそれを当たり前と捉え、10分遅れればどこからともなく舌打ちする音が聞こえる。 要は、優れたサービスや品質・技術を出来るだけ安く提供することが、企業にとって最も重要であり、それはなぜなら日本国民がそれらを非常に高いレベルで求めているからである。 しかし、この高いレベルを維持継続させるために日本の企業はどれだけのコストをかけているか。100万個の製品のうち製造不良を1個未満に抑えるためには、品質評価テストを何重にも繰り返し、当然人的投資も手厚くして、かける工数も相当なものだ。そして、それって当然企業の利益を押し下げるひとつの要因になっている。 さて、一方で日本の株価はずっと低迷していおり、米国の景気低迷や欧州の金融危機も手伝って新聞メディアなどでは連日問題として扱われている。でも一部の知識人を除く、一般の日本国民は「大変だな」「何とか景気良くならないか」「でも俺株やってねえからいいか」くらいの感覚でいる。製品クレームを目くじらをたてて騒ぎまくる消費者が株価低迷を騒ぎ立てているところはあまり見たことがない。 でも実際は日本国民は直接株の売買をしていなくても、例えば年金(公的も企業も)を通じて株主であり投資家になっているのである。だいたい株式運用が組み込まれているのだから、株価が下がれば年金にだって影響が出る。財政が悪化すれば、結局また税金でそれを賄うことになるんだし。 だからと言って品質サービスにコストをかけるな、企業利益を圧縮すると言っているわけではなく、実際日本のサービスレベルは素晴らしいし、それを追い求めることも結果的に国民生活の質を向上させる重要な事だと思う。ただ、問題はそのバランスを上手く取っていくことがこれからは一般人に求められてくるとこなんじゃないか、と思う。同じ業界でも米国と比べた日本企業の経常利益率が1ケタ以上違うという業界は結構ある。それは間接的にでも株価に反映しており、当然国民生活にも悪い意味で跳ね返っているのだ。 例えば、米国の企業や消費者(=投資者)はこの辺の考え方は日本とは違うし、もっと株価の動向を非常に意識しているし、企業も期待する利益を上げることを最優先としている。 要は、たとえとしてちょっと極端だが、日本の場合は、電車が1分1秒も遅れないことで、高いサービスレベルを享受している半面、投資家としての利益を削っているケース。欧米の場合は、10分遅れたとしても、それを許容し、その分投資者として企業の利益・株価の部分での貢献を享受するケース。という感じだろうか。 どっちもどっちで極端になるとおかしくなってくるので、やっぱりバランスをどこで取るかってことだと思うんだよね。 今日はちょっと真面目な話だな。
2012年 01月 20日
この間、日経新聞に元コーンフェリー日本支社長の橘・フクシマ・咲江氏のインタビュー記事が載っていた。ちょっと引用すると、
「大震災の発生後、被災者の忍耐強さや地域コミュニティーのまとまり、さらに新幹線の安全性もふくめ、海外で評価されたのは周知の通りです。その中で電力問題であらわになったのは、国民や企業の自己犠牲を払ってでも節電に協力する真面目さです。他の国にはみられないような生真面目な国民性に、官僚や政治家が甘えているのではないか。それに腹が立ったのです」 「仮にアメリカが同じ事態に直面した場合、環境問題への意識が強い層や知識層は節電に協力するでしょうが、米国民の多くは自己犠牲を払わないでしょう。日本の消費者や経営者が節電に協力するのは電力供給が滞れば困るからですが、国の節電要請にここまで『はい』と、素直に応じる日本の消費者と経営者には敬服します」 氏は続けます。政治家は暴動が起きないと高をくくっているんじゃないか、と。 もう一件。 つい先日靖国神社が外国人に放火された事件で、石原都知事がコメントをしていた。 「日本人は総体的にはまだまだ他力本願で、甘えの構造。昨年末、外国人に靖国神社に放火されたがみんなあまり怒らない。僕は本当に痛憤する。これだけなめられた国は世界にないのではないか」 最後に一件。 これも先日の日経新聞に出ていたグリーの田中社長のインタビュー記事。 「僕は『政治にリーダーシップがない』という人は、自分でやったらいいと思う。そうでなければ、すさまじい責任逃れでしかない。人を批判するからには、自分が代わりにやるという姿勢でないと。行動しない人に批判する権利はない。そういう考え方でないと幸せになれないと思う。頑張りもせず、あきらめて、文句だけ言っていて幸せなのか」 「・・・社会のなかに自分がいて、社会から恩恵を受けている事実を忘れず、社会全体のために行動しなければならない。世の中のために何かするということは、半分は自分のためでもある。世の中のためにいいことをすれば、自分もいい世の中に住める」 さて、次はどこの国に暮らそうかな。 < 前のページ次のページ >
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